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ロシアの食文化

近年、交流が盛んになってきたとはいえ、日本人にとってロシアはまだマイナーな国なのではないでしょうか?ロシア料理もあまり知られていないかもしれませんね。そこで、ここではどんなものを食べて暮らしてきたのか?ロシアの食文化を歴史とともに紹介していきましょう。

ロシアにおける食文化の歴史

ロシア料理と言われて、まず誰でも思い浮かぶのはボルシチとピロシキではないでしょうか?

日本にあるロシア料理店と言っても、そのほとんどが東京周辺にあるので、実際に料理を食べたことがある人も少ないかもしれませんね。

「食」はどのような発展を遂げてきた歴史を見てみましょう。

食文化と国教の深い関わり

ロシア食文化の歴史は大昔にさかのぼります。自然豊かなロシアでは早くから各種の獣肉、鶏肉、魚などが食べられていました。

旧ソ連時代を除いて、長年にわたって国教の教えにより「肉を食べてはいけない週」や「牛乳を飲んではいけない週」などが定められていました。

当時、そのような期間は1年365日のうち、200日くらいもあったと言われています。

このため、早い時期にロシア料理が植物やキノコ類、魚などをメインにした精進料理と乳製品や肉をメインにした非精進料理に分類されました。

そして、なかでも精進料理が速いペースで発展していったのには、上記に挙げたような教えをロシアの人々が厳守していたからなんですね。

私がロシアに行ったときには、国教上のしきたりを守っている人に出会ったことはありませんでしたが、おそらく年配の方の中には、ずっと守り続けている人もいるでしょう。

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ロシア貴族の食事

昔からロシアの一般庶民の食生活はお粥とスープなどといった大変つつましいものでした。一方で、貴族の食事はとても豪華なものだったようです。

15世紀、たくさんの貴族が集まるパーティーでは50~100品目もの料理が出されたというから驚きですよね!どれくらい贅沢な暮らしをしていたのか、想像をはるかに超えます。

料理だけでなく、使われていた食器も金・銀製など高価なものでした。その後はフランスやドイツ、スウェーデンなどの西欧料理のスタイルが取り入れられました。

特にフランス料理は上流階級の人々に気に入られ、わざわざコックを呼び寄せるほどでした。

ちなみに、現在のフランス料理に見られる、オードブルの次はスープというような配膳法はロシアを参考にしたものなんですよ。

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極東先住民族の食文化

干物海に近い極東地域の先住民たちは、魚料理を中心に食べていました。今でも食事の内容はあまり変わっていないようです。

魚は、生でも食べますし、凍らせたり、燻製にしたりするほか、木の実やハーブと一緒に煮たり焼いたりすることもあります。

いろいろな調理方法で食べてられていますが、一番多いのは干して干物にする方法です。厳しい寒さが訪れる冬、その気候から干物は保存食として重宝します。

極東地域は遠く離れたモスクワの市民にも魚介類の宝庫として知られています。おいしいイクラやキングサーモンが豊富に獲れるんですよ。

ですが、モスクワで売られている極東地域の海産物は、とても高価なので一般市民はなかなか手が出ないんですって。

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12世紀以降のロシアの食文化

ピロシキ12世紀以降、極東地域を含めたロシア全域でヨーロッパの食文化が少しずつ取り入れられていきました。

また、特徴的なのは黒パンが食べられるようになったことが挙げられます。以来、ロシアの食べ物として世界に知れ渡りました。

黒パンはライ麦を原料にして作ったハード系のパンで、ロシアの食卓には欠かせません。さらにパン生地を使ったピロシキやブリヌィ(クレープ)、アラージア(ホットケーキ風のパンケーキ)などが誕生しました。

パンは現地の人たちにとって、すごく大事なものなのです。ロシアでは多くの人が口癖のように「パンを買うために働いているんだよ」と言います。

このことからパンが労働のシンボルとして認識されていることが分かりますね。

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シベリア・カフカス・中央アジアから伝わった食文化

ペリメニ16~19世紀にかけて、ロシアの勢力圏にあったシベリア、カフカス、中央アジアなどから色んな料理が伝えられました。

どんな料理があるのか例を挙げてみましょう。中国から伝わった餃子はペリメニ(水餃子)としてシベリア料理になりました。

それがシベリアから全国に広まり、今ではロシアの代表的な料理の一つになって、高い人気を誇っています。カフカス地方からはシャシリクと呼ばれる羊肉の串焼き料理が伝わりました。

日本人のなかにはシャシリクをロシア伝統料理だと思っている人もいるようですが、実は違うんですよ。そのほか、19世紀には中央アジアからお米が入ってきました。

シベリア、ロシア南部、やがては全地域へと普及していきました。

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